私の通っている教会はとても小さいのですが、出版事業に力を入れていて、年間数冊のクリスチャン本を世に送り出しています。
昨年5月には、パスカルの著書『パンセ』と『イエス・キリストの生涯の要約』から文章を抽出し再構成したものを出版したのですが、これを多言語に訳そうということになり、私が日本語版の翻訳を担当することになりました。
「そんなの楽勝じゃん!だって『パンセ』も『イエス・キリストの生涯の要約』も日本語に訳されているし、それを拾ってくればいいだけでしょ?」
って思ってました。
しかし、実際は…。すごく大変だった。
『パンセ』は私も数年前に読んで、とても感銘を受けたのですが、改めて読み返してみると、言い回しがすごく難解だし、聖書を全く知らない人が読んだら本当にわけがわからないことになりそう。『パンセ』に思い入れがあるだけに、パスカル大好きなだけに、誰にでもわかる親しみやすい訳でパスカルの素晴らしい思想を伝えたい…。そうして四苦八苦していたら、翻訳に半年以上かかりました(途中、全く手をつけていない時期もありましたが…)。
私の訳したものがどういった形で使ってもらえるのか、全く未知ですが、ほんの少しだけ、この場でパスカルの思想を紹介したいと思います。
キリストを信じる人にとっては、パスカルという世界的に有名な天才が、同じ考えを持っていたことに勇気付けられるでしょう。私もパスカルに勇気をもらった一人です。
かの有名なパスカルが、あの天才が神様を信じているんですよ!!!
迷わず行きましょう!
真実を忌み嫌う心は、程度の差こそあれ、すべての人のうちに存在する。なぜなら、それは自己愛と切り離せないからである。そうして偽の心遣いが生まれ、他人を叱らなければならない立場にある人は、相手の気に障らないように、遠回しの表現や、やんわりとした方法を用いなければならなくなる。つまり、人を叱るときには、相手の欠点を減らして、それを許容しているかのように見せかけ、褒め言葉と、愛情と評価の印を叱咤(しった)に混ぜ込まなければならない。こういう気遣いをすべてやってのけたとしても、この薬(叱咤)は自尊心にとって常に苦いものである。自尊心はその薬をできるだけ飲まないようにし、薬を常にまずいと感じ、しばしば薬を与えてくれる人たちをひそかにさげすむ。
パスカル『パンセ』100